千代田区はどのような地域なのでしょうか。
千代田区を象徴するスポットや地域の特徴、歴史などを見ていきましょう。

千代田区の特徴

千代田区は東京23区でも中心部にある地域です。
日本の中心地でもあり、政治や経済の中心地として発展してきたことから、夜間人口は少ないものの、働く人や観光に訪れる人などが多く、昼間人口は多いです。
千代田区はどのような街なのか、特徴を見ていきましょう。

皇居のある街

皇居のある街

千代田区の中心にあるのが皇居です。
皇居は、もともと徳川家康が江戸幕府を開いた江戸城がある場所にあり、江戸城の城跡なども残されています。
新年の一般参賀で多くの方が訪れるほか、近年では皇居ランをするランナーの聖地としても人気を集めています。


近隣のオフィスで仕事をする方を中心に、早朝、昼休み、業後に走る方が多いです。
周辺にはランナーが着替えやシャワーを浴びるための施設が誕生したことやランナーのための常設ロッカーを備えた銭湯なども登場しています。
千代田区は東京の中心、日本の中心的な役割を持ちながらも、皇居や日比谷公園などがあるおかげで、緑も豊かで、緑と水辺のある景色が楽しめる地域です。

東京駅がある街

東京駅がある街

日本の鉄道の拠点、中心でもある、東京駅があるのも千代田区です。
近年、建て替えが行われましたが、赤レンガの美しい東京駅があり、目の前には皇居が望める立地です。
全国各地とつなぐ新幹線や特急、在来線が発着する、日本最大級のターミナル駅となっています。

日本の政治の中心地

日本の政治の中心地

日本の政治の中心地である永田町も千代田区にあります。
国会議事堂や最高裁判所など日本の政治や司法を担う国の最高機関をはじめ、内閣総理大臣官邸や各省庁などの国家機関が集積しています。

日本の経済の中心地

日本を代表する大企業が集まる大手町や丸の内も千代田区にあります。
高度成長期に建てられた建物が老朽化して建て替えられ、企業の本社は超高層ビル化しました。
日本の経済の中心地として、多くの人が働いています。

商業・教育・居住と多彩な機能が集まる地域

政治や経済の中心地として、商業施設は少なかった時代もありましたが、現在では東京駅や丸の内を中心に大型商業施設や商業ゾーンとオフィスゾーンが併設された複合ビルなども増え、買い物客や観光客も増えました。
一方、教育機関も多く、お茶の水や飯田橋、市ヶ谷などを中心に大学や有名な小中学校、高校などもあるため、千代田区に通学する学生も多いです。
政治や経済の拠点であり、皇居もある地域であることから、高度成長期からバブル期と地価が高騰し続け、マイホームを建てることや購入することが難しい地域となり、人口は減少する一方でしたが、近年では超高層マンションなどが建つようになり、暮らす人も少しずつ増えています。

文化や歴史に親しめるスポット

千代田区内には、皇居をはじめ、靖国神社、国会議事堂などの施設もあり、歴史散策や観光のスポットにもなっています。
有名歌手たちのコンサート会場としても知られる日本武道館もあります。
日比谷公会堂や日比谷野外音楽堂があった日比谷公園も千代田区です。
建物の美しさでも話題を集めている東京国際フォーラムもあります。
帝国劇場などの劇場や映画館も多く、文化や芸能にも親しめるスポットが多いのも千代田区の特徴です。

千代田区の歴史

千代田区はどのような歴史を辿ってきたのか見ていきましょう。
千代田区の特徴でも見てきたように、千代田区は徳川家康が江戸幕府を開いた江戸城を中心に発達を遂げてきました。
明治時代に江戸城は皇居へと変わりましたが、今でも皇居を中心に、江戸時代に行われた町割りがそのまま残されたような区画が形成されています。

大正時代から昭和初期にかけて起きた震災と戦争からの復興を遂げ、高度成長期には日本の経済の中心地が形成され、バブル期から平成初期にかけてはオフィスや商業の集積地となり、地価や家賃の高騰も相まって人口が減少していきました。
その後、大手町・丸の内・有楽町や秋葉原駅周辺などを中心に高度成長期に建てられた古い建物が更新されることや再開発が行われ、ビジネス客だけでなく、買い物客や観光客も訪れる街へと変化してきました。

江戸時代

1590年に徳川家康が江戸城に入り、徳川幕府を開くと、町割りが行われ、江戸の街が形成されていきます。
千代田区では、今でもこの時代の町割りの形が残されています。
水辺や緑が残され、坂道が多いことなども江戸時代から続くものです。

明治時代

明治維新により、江戸幕府が倒れ、京都から皇室が江戸城へと移転し、皇居となります。
明治時代には、江戸の遺構と町割りを引き継ぎながら、帝都東京の建設が始まり、近代国家の首都として都市機能が形成され、人口も増えていきました。

大正時代から戦争直後

大正3年(1914年)に東京駅が開業し、日本の鉄道の拠点としてインフラも整備されていき、ますます物や人が集まる街になっていきます。
大正時代の関東大震災、昭和初期の東京大空襲で、千代田区も大きな被害を受けましたが、そのたびに復興を遂げ、より災害に強い街や、戦後復興による勢いを増した街が形成されていきました。
飯田橋を中心に出版社や印刷業が集まり、千代田区の一大産業となっていきます。

高度成長期

1964年の東京オリンピックの開催が決まると、外濠の一部が埋め立てられ、首都高速道路の建設が始まりました。
高度経済成長に入り、大手町や丸の内に日本の経済をけん引する大企業が集まり、日本が世界ナンバーワンの成長を遂げる活躍を見せていきます。

昭和の終わりから現代

昭和の終わり頃からバブル期を経て、平成の初期にかけては、急激な地価高騰や業務地化が一層進みました。
これに伴い、千代田区の定住人口は急速に減少していきます。
定住人口は3万人台まで減り、千代田区の自治体としての存続が危ぶまれるレベルにまで達しました。

そこで、千代田区は居住機能の回復を目指す千代田区街づくり方針や千代田区都市計画マスタープランを定め、暮らしやすい街づくりを推進していくことになります。
平成14年(2002年)に都市再生特別措置法が制定されたのをきっかけに、都市再生のための大規模な再開発事業も進められていきました。

こちらに伴い、高層マンションを中心とした住宅の供給やオフィスビルと商業施設などの複合施設へのオープンスペースの確保などが進められていきます。
さらに、千代田区に残される歴史的な資源や風格ある街並みを活かした建築や公共施設なども整備されていきました。

こうした千代田区の再生計画の推進に伴い、定住人口も回復の兆しを見せており、平成25年(2013年)年には、平成4年(1992年)に千代田区の基本構想で目標に掲げていた定住人口5万人をクリアしています。

千代田区の交通アクセス

千代田区は東京の中心、日本の中心地として、さまざまな鉄道が通っています。
JR山手線、京浜東北線、総武線、中央線をはじめ、東京駅からは全国各地と結ぶ新幹線や特急、在来線を利用できます。
東京メトロ千代田線や丸の内線をはじめ、東西線や日比谷線、半蔵門線、南北線、都営地下鉄新宿線など地下鉄網も網羅し、交通アクセスは便利です。
東京駅からは全国各地へ向かう高速バスなども利用できます。

千代田区のオフィス賃料相場

千代田区のオフィス賃料相場

坪単価は13,000円前後~10万円台と幅があります。
千代田区の中でも中心部、主要駅に近い場所ほど主要単価は高くなる傾向にあります。
立地をはじめ、築年数や設備などによっても変動しますので、確認が必要です。

まとめ

千代田区は皇居や東京駅があり、永田町や大手町もあり、日本の政治、経済の中心地として発展を遂げてきました。
大手企業をはじめ、多くの企業が集まる場所にオフィスを構えるなら、千代田区を検討してみてください。

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